ヤマトタケルが草薙剣を振るった神話の地は神奈川県の厚木だった?!
昨年(2011年)の6月にやっと念願の試掘調査が行なわれた神奈川県厚木市内の高松山古墳(相模大山の麓、標高147Mほどの山頂の「前期の前方後円墳」)。
古墳研究で著名な東海大学の北條先生の調査で、遂に埋葬主体部らしき遺構にぶつかった。
木棺の一部と思われる炭化物を米国に送って最新の炭素測定を実施。その結果、弥生時代に遡る最古級の年代数値データも検出され、最古級の古墳が関東にもあったかどうか、または大和と同時期に前方後円墳が造られたという論議がこれから始まるのかもしれない。
高松山からほど近い岡津古久古墳のかつての発掘調査では、弥生の墳丘墓を壊して造られた古墳だった(鏡も出土)事が判明しているだけに、ぜひ今回も埋葬主体部を対象とする本調査が実施されることを願っている。
元明治大学名誉教授の大塚先生や同じく古墳研究で著名な広瀬先生も今後の検討に加わられることで大きく解明に前進できることが期待される。
また地元で高松山古墳の保存運動を地道に展開されて来た島口さんがこのたび厚木歴史研究会を創設された。いよいよ古事記に記された「さねさし相武(サガム)のおぬ(小野)」での倭建命(ヤマトタケルノミコト)が豪族に野火を放たれ、草薙剣を振るった物語の、その地が静岡県焼津ではないこと、律令時代前は「相武国」であった厚木の小野周辺の地であることの再確認ができるのだろうか。そのことは地元の活性化や子供たちの郷土を愛し大切にする心を育む事にもつながることを願ってやまない。
1999年にこの古墳を確認し2000年にしかるべき届け先に報告してから12年が経過してしまったが、この全国最古級の古墳文化の解明は厚木市民にとっても大いにプラスになるだろうと思っている。
今後はすでに消えてしまった毛利台小学校近くの前方後円墳(吾妻神社の裏手)ほか、拡大した範囲の分布調査を小生も引き続き行なっていきたいと思っている。
2012.2.2 みやたたろう






